大久保 薩長より官僚制度

戦前は軍部独裁のように思われるが、そうでもない。

国会、天皇、軍部のほかに官僚がいた。

明治新政府で、実質的に制度づくりをしていたのは大久保であるが、大久保自身が、志士あがりの軍人ばかりでは、国を動かせないと感じていた。薩長の軍閥にも弊害があると、先を見通していたのだ。そこで、門地門閥によらない能力主義の官僚制度を作った。全国から秀才を試験で選抜したのである。これが、明治、大正、昭和と時代が経つうちに、暗然と力を持つようになった。

戦前は権力が4つに分権されており、民主的であったのだ。

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