満州帝国 溥儀 溥傑 

中華民国になってからも、満州は治安が保たれていない。かろうじて、日本軍が駐留するところぐらいであった。

清朝最後の皇帝、溥儀も北京で地位を保障され、穏やかに暮らしていたが、共産主義の影響だろうか、満族に対する復讐だろうか、身の危険を感じ始めた。

満州は馬賊の暴行、略奪に苦しめられていたので、日本軍がやっと、馬賊掃討に乗り出した。国際的に、満州の権益はロシア、アメリカ、中華民国も手放したくないので、最初は遠慮していたのであるが、あまりに無法地帯なので、日本軍が満州国を建国して、治安を回復させたのだ。

もともと、満族皇帝である、溥儀も父祖の地で清朝回復を果たしたかったようだ。さすがに清朝は名乗れなかったが、満州帝国でよかったのだろう。弟の溥傑は陸軍士官学校を卒業し、日本の伯爵令嬢を嫁にしている。溥傑の子息は日本人として多数、活躍しており、満族皇帝の血脈は生きているのだ。

じつは、清朝時代は満州に漢族は入れなかった。治安が乱れる恐れがあるし、漢族人口が増えると、満州族の土地でなくなることになるからだ。

満州国も漢族流入を制限すればよかったものが、なぜか、五族共和と言って、満族、漢族、蒙古族、朝鮮族、日本民族が平等で、共栄することを理想とした。

いまだから言えるが、漢族には中華民国があったのだ。モンゴルはモンゴル、朝鮮は朝鮮、日本には日本があったのだ。

ここで、欧州のユダヤ人迫害を逃れた人たちが満州にも居住していた。母国がない人たちのために、建国すれば歴史はかわったかもしれない。

実際に、日本は迫害されたユダヤ人を満州経由で大量に、アメリカに移送したのだ。

いまからでも遅くはない。満州は満州族とユダヤ人のために満州国を建国したらよい。中東の争いも少しは緩和されるだろう。

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